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プロ野球選手の出身校は? イチローなど人気選手の経歴を紹介

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毎年夏になると盛り上がる甲子園。
甲子園に出場する多くの高校球児は、小学生の頃からリトルリーグで練習を積み重ねています。

球児の活躍する場は主に夏と思われていますが、実は通年トレーニングが続いており、シーズンオフと言われる冬こそ、球児たちは地道な積み重ねをしているのです。

甲子園に出場するために、親子で一丸となって野球の名門校を目指す子どもも多いですね。
そこで、現在活躍している人気選手の出身校はどこなのか、甲子園への早道になり得るかもしれないのはどこの学校なのかをご紹介していきます。

イチロー(鈴木一郎)

愛知県西春日井郡豊山町豊山中学校 → 愛工大名電高校 → オリックス・ブルーウェーブ → シアトル・マリナーズ

大リーグで活躍するイチロー選手、出身中学は地元の中学校ですが、当時からチームのエースでした。

高校は野球に専念できる愛工大明電工高校へ進学。甲子園には出場しましたが、目立った活躍はしていません。
しかしその後のドラフトからオリックスへ、そしてメジャーリーグでの世界的活躍に繋がります。

イチロー選手の夢は甲子園出場ではなく、その先にプロ野球選手になるということがありました。
甲子園で活躍しても、その後芽が出ないままの選手が多くいる中、イチロー選手はずっと先を見据えていたのです。

これもイチロー選手が成功した大きな秘訣ではないでしょうか。

プロ野球 出身校 メジャーリーグ

ダルビッシュ有

大阪府羽曳野市立峰塚中学校 → 東北高校→ 北海道日本ハム・ファイターズ → シカゴ・カブス

現在大リーグ在籍中のダルビッシュ選手は、中学時代からエースとして活躍して全国大会でベスト8の成績を収めるなど、目覚ましい活躍を見せていました。

大阪出身のダルビッシュ選手は、スポーツが盛んな高校を選択し東北高校へと進学。
2年生の時に甲子園で準優勝した時は、高校生ながらも時速150kmを計測するとともに“イケメン球児”として日本中の注目を集めました。

出身の東北高校は、ダルビッシュ選手だけでなく、フィギュアスケートの荒川静香さんや羽生結弦さんも通ったスポーツが盛んな高校として有名です。

プロ野球 出身校 高校野球

その後も注目を浴び続けているダルビッシュ選手ですが、やはりベースにあるのは東北高校での野球生活です。
野球に向かう真摯な姿勢が育てられるのも、スポーツに特化した高校の特徴。
野球に打ち込むことができる環境が整っているということは、選手の伸び率にも比例します。

甲子園に出る強豪校は、設備投資や選手のスカウトにも力を入れています。
一芸に秀でるためには、目的に捧げるための覚悟と努力、環境を含めた周囲のサポートが必要になるのです。

プロ野球 出身校

内川聖一

大分県大分市立大東中学校 → 大分工業高等学校 → 横浜ベイスターズ → 福岡ソフトバンクホークス

現在福岡ソフトバンクホークスの主力選手である内川聖一選手は、普通の公立中学校出身、その後大分工業高校に入学していますが、実は内川選手のお父さんは大分工業高校野球部の監督です。

親子で甲子園出場を目指していましたが、惜しくも県大会では準優勝で終わりました。

ベースにあったのは野球一家である環境。
何より父親が監督という恵まれた環境で、野球の英才教育を受けて育ったのです。

野球は「1日休むと半年遅れる」と言われるスポーツ。
恵まれた中でも厳しい環境で育った内川選手だからこそ、現在の活躍があるのでしょう。

プロ野球選手 出身校 監督

松井秀喜

石川県能美市立根上中学校 → 星稜高校 → 読売ジャイアンツ→ メジャーリーグ → ヤンキースGM特別アドバイザー

「ゴジラ松井」の愛称で知られる松井秀喜選手は、中学時代からも野球で活躍、高校は名門星稜高校に入学、打率は群を抜いていました。
PL時代の清原選手の再来とも言われ日本中から注目を浴びていましたが、甲子園では5打席連続で敬遠された経験があるなど、栄光だけではない部分も印象に残ります。

プロ野球 出身校 甲子園

しかしその後の活躍は長く、松井秀喜は現在もヤンキースでGM特別アドバイザーとして活躍しています。

松井選手を人間的に成長させたのは、中学校、高校時代の監督だったと言われています。

注目されすぎる人は、その分嫉妬されることもあったり、敬遠が続くなどの不本意な扱いを受けたりすることもあります。
そんな時人は腐りそうになることもありますが、松井選手はその才能ゆえに人から指導されることが多く、人間的成長をするためのアドバイスを与えられ続けました。

松井選手といえば、いつも笑顔で温和なイメージを持つ人が多いのも、中高時代の厳しい教えの中に彼の性格のベースが作られているのでしょう。

桑田真澄

大阪府八尾市立大正中学校 → 八尾市立成法中学校 → PL学園 → 読売ジャイアンツ →ピッツバーグ・パイレーツ → 野球解説者

1980年代の甲子園を熱狂的に盛り上げた桑田真澄。
父親の勧めで小学校から野球を始め、中学時代ではすでに大阪を代表するような選手になっていました。

その後、野球の名門PL学園へ入学。当時同級生だった清原選手とはKKコンビとして、甲子園黄金時代を支える名コンビとなりました。

当時のPL学園では多くのプロ野球選手の卵が活躍しており、甲子園にPLありと言われるほど、他校にその実力を見せつけていました。

PL学園は「野球の英才教育をするために」と野球をするための環境はもちろん、監督の独自の徹底指導があり、他校では真似できない選手育成システムが整っていました。

この頃から、高校野球の球児スカウトも活発になり、甲子園を目指す中学生は遠くの野球強豪校に入学することも多くなっています。

プロ野球選手 出身校 練習

まとめ

野球界で活躍する人気選手の出身中学・出身高校についてご紹介しました。

プロ野球選手を夢見て野球の練習をしている人は、まず甲子園を目指せる野球強豪校に入学していることが共通しています。

何かに打ち込むためには、それ相応の環境が整っていると結果が出やすいことと、甲子園出場という道が拓けやすいメリットがあります。

野球に打ち込むためには、家族のサポートも重要です。
まずは家族のバックアップ体制も整えて、お子さんの夢を叶えるためのサポートをしていきましょう。

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